読書感想文最優秀賞作品 written by 教師に媚びるませたガキ

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ませたガキ

 

「江戸っ子気質を感じました。決して模範となるような人物ではありません。でも、弱い者いじめを許さない、うそつきを放置しない性格で、読んでいて自分もこんな大人になりたいと感じました。」

 

夏目漱石著『坊ちゃん』の読書感想文の一節で、ワタシが教師に媚びるませたガキ(小学生)を想像して書いたものです。

まさに、教師の顔色を窺いながら書いたような気持ちの悪い文面です。

 

中学生だったとしたら、マドンナの婚約者のうらなりを栄転と称して遠い地に左遷させる赤シャツを、現代のパワハラにダブらせて語るなどして加点の獲得をも狙いそうな気がします。

これもまた、香ばしいくらいゴマすりの香りが漂ってきて鼻腔を刺激するのです。

 

 

そもそも感想文とは

 

 

駆け引きに長けた教師だったら、課題となる物語を指定せずに感想文を書かせるでしょう。


自由に題材を選ばせて、話がつまらなかったから感想は書けない、などの言い訳をシャットアウトします。

読んでみて、面白いと感じた本ならなんでもOKと、話の分かる姿勢を見せる教師の腹の中も黒々と計算高いのです。

つまりは、それなりの感想文が書ける題材を自分の責任で選んで来いと言っているわけなのですね。

 教師に媚びる生徒と、計算高い教師の図式がますます感に触るのです。

 

学校の宿題として課される読書感想文なんて、テレビで日常的に放送されているグルメ番組の食レポみたいなものなんです。

「あーおいしい!」だけじゃレポートにならない。

どんなふう美味しいかを視聴者に伝えなければならない。

 

人間ですから好き嫌いがあるじゃないですか。

でも、その店の一押し料理だったら、マズイとはいえませんよね。

これ、読書感想文とも共通するんです。

感じ方はひとそれぞれだから、どんな感想を書こうが俺の自由だろう、は通用しないんです。すくなくとも日本の義務教育の場合は。

それを無視して、好き勝手な感想を書きなぐると、読解力が無いとか、共感性が低いとか、下手をするとサイコパスの可能性がある、なんて評価されかねないんです。

 

 

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世間一般の”ものさし”をもって

 

感じた事を分かりやすく表現するには万人に共通のものだしが効果的です。

100人いたら、その100人が全員同じに感じる基準をもっている必要がある。

”普通だったら、あそこで走るのを止めてしまうのに、彼は最後まで諦めずに完走した。その精神力はどこで身に着けたのか、とてもうらやましく感じた。”

“普通だったら”が万人に共通のものさしにあたります。

ここがぶれてしまうと、説得力がなくなってしまう。

俺だったて諦めないよ、という人がいると読書感想文そのものの主張が危うくなってしまいますから。

  

読書感想文の売買

 

ニュースで放送されていたのですが、最近はネットで読書感想文が売られているそうです。

まさに夏休みが終わろうとしているこの時期に取引が活発化するのでしょう。

人が書いたものを、夏休みの宿題として書き写して提出するというわけです。

我が身を振り返るに、確かに読書感想文は嫌いな宿題のベスト3には入っていましたね。

読んで、書く、というふた手間がウザいんです。

やっとの思いで決めた課題本も、読み進めて行けば行くほど、なにを書いたらいいのかがわからなくなっていく。

読む事が無駄に思えるんですよ。

それだったら、はじめから課題を決めてくれていた方がマシ。

読んで思ったことを書けと言われたって、面白かった、だけじゃげ原稿用紙がうまらない。

 読書感想文は辛い宿題です。

 

 

ネット上で売買される感想文について先生方は、こんなふうにコメントしています。 

「読んだらすぐに、あっこれこの子が書いた文章じゃないなと気付きますよ。普段使いもしない言葉が並んでいたり、ひらがなと漢字の割合だけでもすぐに見抜けますよ」と。

 

先生はそれをどう思っているかというと、「こんな盗作まがいをしていても、いつか困るのは自分なのだから」だそうです。

 高校生のレポートや、大学生の卒業論文ならまだしも、小学生くらいだったら他人の感想文を移すのも勉強になるのんじゃないの、って個人的には思うのです。

だって感想文の書き方なんて習った覚えないですから、最初はなにか手本を真似ることから始めるしかないんじゃない?って思ってしまう。

家で親から教わって、もっともらしい文面にするか、人の作品を写してみてハタとコツに気付くか、その違いだけのように思うのです。

 

 

 感じた思いを細部を端折らずに自分の言葉で表現する

 

一番大切なのは、教師に評価される文章を書くことではないのです。

思った事、感じた事の細部を端折らずに丁寧に自分の言葉で文章にすることが大切なんです。

最初は絶対にできないですよ。

プロの作家だって死に物狂いで絞りだすんです。

もし、そうやって書いた文面で、書き手の思いが通じれば大成功です。

ここを学校の先生は指導しない。

 

教師受けする文章なんて、大学生くらいになれば誰だって書くことはできます。

大人になれば当たりさわりない文章なんていとも簡単にかけるんです。

そんなことを子供の頃から練習したって意味ないでしょ。

 

一番難しいいのは自分の内なる感情を言葉で表現する事。

なにを感じたのかを、どんな言葉を使えば相手に伝わるかなんですよ。

文章の上手いとか、下手とかは時間とともに解決できます。

 

自分の心を友達、親、先生に書面で読んでもらい、その反応から自分自身がどういうふうに思われているかを知る事が大切なんです。

周囲から批判されれば反省するし、褒められれば自信になる。

この積み重ねで、本当の自分がわかってくる。

 

教師うけする読書感想文なんて、クソの役にもたたないのです。

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