ムカつきが被害妄想に変貌してゆく・自己投影でこっちの世界に踏み留まれ

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ムカつき

ようやく、いっときの興奮からは冷静さを取り戻したのに、また不快なムカつきの記憶に吸い寄せられて、ボロボロに痛んだ神経を自ら逆さかなでしてしまうことってないですか?

忘れてしまったほうがよっぽど気が楽なのに、思い起こしてもどうにもならないのに、いまさら後悔など役に立たないと判っているのに、負の感情は本当にしつっこくて抜けられないのです。

 

 

 

 

 

 

 

あの口論から一歩下がってようやく客観性をとりもどしつつあるのに、体のどこかでムカつきがまたくすぶりだすのです。苦々しい記憶に向かって自ら突入していってしまうのです。

「あの場面で切り返しておけばもっと有利に展開できたのに。」
「非論理的な中傷のほつれ目をもっと巧みに攻撃できはずなのに。」
そんなふうに後悔が憎しみをあおり立てて、握りこぶしを机に叩きつけた経験ないですか?

手近かにある雑誌に手を伸ばし、文字だけ目で追ってみても、負の感情は煮えたぎって手がつけられないのですよね。 

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金曜日にもめたときなんかは最悪です。

  土曜日も日曜日も職場での不満や憤りが、もんもんと頭から離れず、四六時中ささくれだった気持ちを引きずってしまいますから。そうなってくると反撃の妄想だけが気持のよりどころです。仕返ししている自分を想像して気持ちをなだめるしかないのです。

負の感情の連鎖って予想以上に激しくて、執拗に過去をさかのぼるじゃないですか。今更のように何年も前の恨み・つらみが次から次へと想い起され、ますます心の均衡が失われていきます。

奥歯で憎悪をかみ締めて、ぎりぎり平静さを装って、時の経過が記憶をすこしでも薄めてくれるのを待つのが大人の振舞いなのでしょうか?

だって別のチャンスを待ってリベンジを挑んだって、必ずリベンジが果たせるとは限らないですし。心のどこかに、 もし負けでもしようものなら傷口はさらに惨くただれるだけだとうすうす感じているのでしょう。
 本当に後悔を伴うムカつきは手に負えないものなのです。


被害妄想への変貌

「悔し涙で枕を濡らす」という行為が、被害妄想の呼び水となります。
悔しくて、悔しくて、はらわたが煮えくり返った感情を、濡れた枕が一瞬にして、癒しへと誘ってくれることがあるのです。 マインドを180度転換させてしまうのです。

マジ、ヤバいですけど、それが被害妄想。

自分を理不尽な状況に追い込めば追い込むほど、被害妄想癖は威力を発揮します。ひとたび被害妄想の味をしめてしまったら、いざこざの発端などどこかに吹っ飛んで消えてしまう。つまり、こんな感じです。 
 
「なぜ私がこんな嫌な気持ちにさせられなければならないの」、  「私は私なりに力いっぱい努力した。なのに、なぜ、誰もみとめてくれないの」そして自分で自分を「よしよし、かわいそうになあ。辛かっただろう、酷い人と仕事しているんだなあ」 といって慰め、そこに溺れてゆくのが気持ちいいのです。

「悲劇のヒロインの気分」
自分には何ひとつとして落ち度がないのに、こんな酷い目にあわされなければならないの?と。
この被害者意識がツボにはいると、なんとも表現しずらい負の気持ちよさが広がるのです。
痛気持ちいい、とか、まずいけれど癖になる味とか、そんなマイナス要素を含んだ気持ちよさなのです。  まるで癖のあるブルーチーズみたいな珍味なのです。

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『貴方の気持ちはわかるよ、でもね、、、』
「そんな中途半端な同情は一切迷惑なの。この美味たる感情に水を差さないで!」とつまらない同情などご免被る心境地に至るのです。
  一度、被害妄想の味をしめてしまったら、なんともエキゾチックなあの刺激は手放すことはできないのです。

不運の連続、あなたの心は?

日曜日のデートで彼氏と喧嘩し、翌日引きずったまま出勤する途中でSUICAを落とし、仕事のミスで上司に執拗にとがめられ、やけ酒だと思って帰りに買ったワインが最低の味で、台所で流し捨てた時に、真っ白のお気に入りのワンピースに赤い飛沫が飛んだとしたら、どうです?

「まあ、仕方ないか、、、。」じゃ納まりが付かない心境ですよね。ムカつきますよね。部屋の壁でも蹴り飛ばして、ワインの瓶を叩き割るくらいの発散が必要でしょう。

ここまで不運が連続しないとしても、2つ、3つ重なって、げんなりする事ありませんか?
落ち込んだすえに、引きこもる人、落ち込みを越え、怒りに変化し自己コントロールを失う人、そして急に悲しくなって涙をこぼし被害妄想にのめり込んでゆく人。

自分にふりかかった不運への感情を抑制できなくなって、別のモードに突入していくのはさほど珍しいことではないんですよ。

あえて表向きは冷静さを装いながら、こんなにも不条理な境遇にいる私、だれの目から見ても同情されるべき存在、なんていうふうに被害者妄想にのめり込んでいくひと、わりと多いのです。

    自分が遭遇した不運にはどんな根拠がるの?
    社会が不公平で汚染されてきてるの?
    平等があたりまえの世の中で私だけがこんな目にあっているの。 
  ここで被害妄想に陶酔し、酔いしれるのです。

はっきり言っておきます。
被害妄想は取り扱い注意で、強い依存性があるのです。
そこにのめり込んでいくと感情のベクトルは複雑に歪曲して、今までとは逆の心の支えをつかみにいくのです。一度味をしめたら、その魅惑の美味の虜となってしまうのです。

最後の手段、自己投影
 

  ウィル・スミス主演の米国映画『幸せのちから』をご存知ですか?アメリカ人が大好きなサクセスストーリーで、実話の映画化とのことです。この映画の前半が不運の連続を見事に描かれています。   物語の前半に主人公の男性(ウィル・スミス演じる)が陥った逆境が半端なく凄いのです。

不運が次から次へと連鎖し主人公を引きずり込んでいく。でも心が折れない。何とか生き繋いでいこうとするパワー。 並みの精神力でしたらとっくに人生の舞台から降りている。 そんな逆境です。

あなたが、どうしょうもない不運の連続に巻き込まれてしまつたとき、『幸せのちから』の主人公の男性に自己投影してみてください。今のあなたが置かれた不運な状態を映画委の中のウィル・スミスに重ねるのです。すると、なぜか、それまでの不運が重荷ではなくなります。

不条理に囲まれていても、あのウィル・スミスに自己投影すると元気がでてくるのです。 自棄にならずに、問題を一つ一つひもとき、対処していく気持ちになってくるのです。  不思議ですが、本当に抜群の効果を発揮しますよ。自分らしさも大切ですが、たまには自己投影も悪くないのです。じつは、これに似た手法をあなたもすでにお持ちなのですよ。

 普段の実力以上のパフォーマンスを発揮したいとき、自己投影を使っていませんか?   自分に合った形にアレンジして活用しています。

 元横綱の曙は、土俵に入るときにロッキーのテーマが頭に流れると言っていました。
  過去の成功体験を思い起したり、成功したときの自分を空想するという方法を用いる人もいらっしゃいますね。   やる気モードのスイッチを入れるってやつです。

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  ただ、このやる気スイッチの弱点は、やる気モードが長時間継続しない点なのです。
 

  人間だれでも頑張ると疲れますよね。  
集中力にだって限界ありますから。
   また、毎回同じスイッチを押し続けると、そのうちに麻痺して効かなくなってしまう。  取り扱い注意のボタンなのです。 それに比べ、負の感情は持続します。   持続どころか、放っておけば自ら増殖すらします。

  本人の意思すらも呑みこんで無気力人間を誕生させてしまう危険な存在です。
不運に見舞われて、頑張り切れないと思ったときは、自己投影使ってください。
  不運が自らをむしばみ始める前に、映画やドラマの強靭なメンタルの持ち主に、自己を投影して自らを守ってください。
  自分らしさを保つための一つの武器として。
  こんなことを記事にしているオレ、かなり疲れているかも??
  しかし、ここが踏ん張りどころと思ったら自己投影でこっちの世界に踏みとどまってください。

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