ムカつくイラつくけど怒れない精神病スレスレ:自分の感情に自信がない

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怒らない男

どんなイヤミな相手でもひたすら耐えるのです。電話で声を荒らげたり、暴言を吐くようなこと絶対にないのです。怒りに蓋をするのです。脳をコントロールし、ムカつく・イラつくを抑え込むのです。

「相手が怒るのももっともだ」と、憤慨の理由を理解しているわけではない。理不尽な気持ちを無理やり抑えこむだけ。感情のコントロールです。
 

受話器の向こうからの攻撃を一身に浴びて、棒立ちで怒鳴られながら相手の気が済むのを待つのが仕事なのです。

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受話器を置いた後。
貧乏ゆすりをしながらクレーム内容をPCに打ち込んで、ささくれだった感情を人差し指の先に込めてパソコンのリターンキーを叩きつける。ここで初めて感情表現が可能となるのです。

メモ帳にボールペンの先が折れるほどの圧を込めて、ムカつきが収まるまで耐えるのです。
 精神衛生上、まったくもって最悪の仕事。精神病スレスレの辛い仕事です。
  
  許容範囲って人それぞれで、生まれつき広かったり、狭かったりですよね。
 許容範囲が広いからクレーム対応が上手いというわけではないのです。

クレームそのものを給料だと思い込むことができるか、できないかなのです。クレーム自体が正しいとか、間違っているかも当然関係なし。クレームがなければ給料がもらえないと思い込むのです。

しかし、これが延々続くと、怒られ慣れするか、人間不信に陥るか、精神の均衡が破綻するか、耐えられる限度はもともとの性格によるところが大きいのでしょう。

 

中途採用の社員・怒らない男partⅡ

中途採用で一人入社してきたのは今から半年ほど前の事です。
男性、30代前半で外見は、中の上。

口数が少なく、特に目立った言動もなく、奇をてらうこともないから、おとなしい心情の持ち主であろうと思っていたのです。

その彼から、どことなく不協和音が漏れ始めたのは、ボソボソとした独り言からだったのです。
客先からの苦情をE-MAILで受け、不快に感じたのでしょう。
その日は夕方までずっと彼の独り言が続いたのです。
それでも怒りをあらわに言葉に出すことはない。

よっぽどその文句に腹に据えかねたのだろうと思い、ねぎらいの声のひとつもかけようかと考えたのですが、こんなこと、この先何度もあるからと受け流したのです。

ただ、その独り言の一件があってから、ちらりちらりと彼の様子を窺う習慣が付いてしまったのです。見ずには居られない強迫観念みたいなものと思ってください。
1ヶ月もたたないうちに、貧乏ゆすり、メモ帳への筆圧のつよい殴り書き、パソコンのリターンキーの強打が、やたらと目に止まるようになったのです。
どうも気になって仕方ない。

一度でも気に障るようなメールで気分を害すると、それを数時間、もしくは、その日いっぱい執拗に引きずるタイプだったのです。
彼宛てに届いたE-MAILを盗み読んだわけではないので、どれほど厳しい内容なのかも分かりませんし、落ち度そのものが彼にあるのかも分からない。

ただ取引相手の会社から、表立ったクレームが来ていないということは、事態がさほど悪化しているわけじゃない。
もちろん、彼が電話口で反撃を試みるのを見たこともないのです。

急に興味を持ったのは、彼の内面と、他人に見せる外側の顔との乖離があまりに激しいと感じたからなのです。

物腰柔らかな立ち振る舞いと真逆な強い苛立ちを抱えているように思えたのです。決して事なかれ主義でも平和主義でもない。
自分自身ですら理解不能な強烈で底知れぬ怒りに見えるのです。
なぜ、そんなに不快を引きずり続けるのか?

当の本人は、その感情を知られまいと明るい声色で必死で取り繕う。もしや、彼自信が心の表と裏に気づいていないのかも。

いや、そうではなく、彼は「自分の内なる感情変化が、世間一般と大きくズレている」と危惧しているのではないかと感じたのです。自分の抱いた感情に自信がないのではないかと。
自分に向いていない仕事とわかっていながら、路頭に迷うわけにもいかないと、無理に仕事を続えているのではないかと感じたのです。

これだけ一生懸命やっている自分になぜクレームをつけてくるのだ、と腹が立ち、ムカつき、イラつき、頭にカッと血がのぼるのが、相手に怒りの言葉をぶつけることはない。
理解不能な文句を叩きつけられている。

それは自分自身の怒りが普通でないと危惧しているがゆえ、正面きって相手にぶつかっていけない。
怒りという自分自身の感情に支配されてしまっているように見えるのです。

カチンと来た瞬間に、これは普通の人なら受け流すべきシチュエーションなのでは、と自分の感情に疑いを持ってしまう。

独り言と、PCのリターンキーと、メモ帳への筆圧でバランスをとりつつ、いまにもその均衡が崩れて、叫びだすのではないかと思われるのです。

彼の許容範囲は、広いのか狭いのか、それが分からない。
今日も、そこに座って仕事をしている30歳台の男が急にもろい人間のように見えたのです。

 

許容範囲の広い男とは、「目くそ鼻くそ笑う」のくそになれるどうか

たいていの人間は自分の限界を時と場合によって使い分けているのです。

 「このくらいの不細工かげんなら付き合ってもいいかな」とか、
「友人には紹介したくないや」とか、
「40歳過ぎてまだ自分も相手も独身だったら結婚しちゃってもいいか」とか、
「50歳過ぎればそれなりに世間になじんじゃうだろうな」とか。
  なんとなく、許容範囲が広いような、そうでもないような、、、、、。

むしろ、心に裏表がないといったほうが近いのです。本音で生きている。

 そんな話を女房にしていたら、
「器量に関しちゃ、あんただって他人のことをどうこう言えた顔じゃないよ。まあ昔は今よりも細身で髪もフサフサしていたけど、今じゃだいぶ劣化しているのを自覚しなきゃダメよ」
なんて女房に反撃されました。

女房の奴、なかなか鋭いじゃないか、と彼女のコメントに爆笑できれば、二人の許容範囲はちょうどよくバランスがトとれていると判断できるのです。
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早い話、『目くそ、鼻くそを笑う』の、くそになれれば、それはそれで平和なのです。

 鼻が少し低いよね、目と目も離れていてETみたいだし、平安時代の美形っぽくって、黙ってりゃ見てくれはそこそこなんだけど口を開くとバカがばれるね、、、等。

こんな小さな悪口を笑って受け流しつつ、自分を棚に上げて反撃にでられれば、それはそれで楽しいのです。

自分の許容範囲も、相手の許容範囲もわかっているから、「何を言いやがる!」と憤慨しながらも、相手の反撃を心待ちにしたりもするのです。
男女の間柄に限らず、同性どうしでも同じ理屈ですね。表と裏がうまい具合につながっているのです。

 

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