定年退職後の虚しさを回避する方法・小市民が癒しを求めて

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休日の過ごし方の悪い例(地味)

土曜日、日曜日があっけなく過ぎ去り、もの悲しげな気分に虚しさが上乗せされ、またまた月日に突入!

「今度の休みには好きな事を思う存分楽しむぞ!」と、子供のような期待感だけで無理矢理ウイークデイを乗り切ったのに、いざ休みになると、そうもいかない。

第一、何をやっるかを決めていないから確実に流されていくのです。

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①家の痛んだ箇所を修繕し、
②ふだん女房一人では買ってこられない大きな収納箱を車で買いに行き、
②入院している友人の見舞えに病院を訪れ、
③風呂のカビ掃除を丹念にしていたら、
二日間などあっというまに過ぎ去ってしまう。
自由になる時間は、録画しておいた映画をたった1本だけ観たら、それでタイムオーバー。

俺は何のために働いているのか?、とわざと落ち込んで被害者意識を楽しんでみたりもするのです。

学生だった大昔、まるまる一日をテレビゲームに費やし、その後で訪れる自己嫌悪が何度あったことか。それは自業自得だし、やりたい事をやったんだから仕方ない。でも、今の俺は満足感いっぱいの休日なんてもう何年も味わっていない。

有意義に時間を使うとはいったいどんなことなのか?
人生を満喫するとは、どんなふうに一生を過ごすことなのか?
つくづく考えてしまうのです。

 

日本中の温泉という温泉すべてを制覇するとか、
世界中の三ツ星レストランでフルコースを食べるとか、
メジャーリーグの球場全部の野球観戦を成し遂げるとか、
そんなコレクションチックな願望に置きかえて満足感を実感している連中などヘドがでる。

やりたくてもできないけどね、トホホ。


(c) .foto project

定年退職後の虚しさ

そもそも人間がもっと単純にできていれば虚しさなど最初から感じえない。
何に時間を使おうが、一日は一日、損得なしのお疲れさま、なのです。

しかし今のままで行くと、たとえ60歳、65歳まで働いて、めでたく定年退職を迎えても、二人の子供を立派に育て成人させても、その後に残されるのは達成感よりも、虚しさのように思えるのです。
やだよね、定年退職したあとの虚しさなんてさ!!

 

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それなら、先手をこんなのはどうだろうかとアイディアを思いつくままに

①定年退職後、間髪入れずにカルチャースクールに通う
②マラソン大会のシニア部門での入賞目指してトレーニングにうちこむ
③犬や猫の飼育を育児再現にみたててペットショップに入り浸る

とにかく虚しさに付け入る隙を与えないよう工夫をしてみる。
それが裏目にでて、ある時、ある瞬間にどっと虚しさがこみ上げてくるかもしれないが、、。

時間をもてあましそうになるのをこまめに潰して自分を騙すことくらいしか、俺に残された道はないのだろう。

 

ノーベル物理学賞を受賞したような大学教授なら生涯現役でいけるでしょうね。
でも我々一般市民には、世間から認められつつ、本人が充実した生活を送る事などできるわけがないのだろうか??

カルチャースクールにしろ、シニアマラソンにしろ、ペットの飼育にしろ、しょせん自己満足でしかないし、冷めた目で見た瞬間に興ざめしてしまうにちがいない。


(c) .foto project

くよくよしても始まらない

みずからハイテンションにはまり込んでいかなければとても虚しさなど埋められうものではない。虚しさに押しつぶされてしまう。

何か一つでも現役中に名声を残してでもいれば、その延長を趣味として続けも自尊心は保たれるかも。演歌歌手が1曲でもヒットを飛ばせば、それで一生食べていかれるのと同じ考えなのです。

しかし、大半の人々は現役を去ったと同時に、用済み的な寂しさに襲われるのでしょうねえ。なんか怖いですよね、それって。
時間を売って、金を得ていたサラリーマンは、定年退職後には売るに売れない時間に取り囲まれて暮らしてゆくのです。

ああなんという最悪な後味悪さ。全然癒されない。読んだ人、ゴメンなさいって感じだな。
たまにはいいか、こういう自虐的な気分にひたるのも。

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