人間関係がうまくいかないのは心のSOS|トラウマと人間不信

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人間関係がうまくいかない2種類の人間

 

職場の人間関係がうまくいかずに悩んでいる方々を、こんなふうに2系統に分けてみました。

①激しい人見知りの性格のうえ、極端な引っ込み思案。
会社の仲間にうち解けることができない。
でも仲間がほしい。

②上記とは真逆で、会社にいきたくない。あんな陰湿な人たちと関わり合うのは一切ゴメンだ。
みんな大嫌いだと自ら孤立の道を選び、何度も転職を繰り返す。

 

二つは一見、正反対の様相ですが、悩みの本質は同じなのです。

人付き合いが苦手だとしても、心のかよった仲間が欲しいのです。

コミュニケーションをとる相手が欲しいのです。

①も②も仲間に囲まれた温かい生活を送りたいと心がSOSを発信しているのです。

一人ぼっちじゃつまらない、話し相手の一人も欲しい、と心と潜在意識は知っているのです。

その一方で、社会人のストレス第一位が、人間関係でもあるのです。

奥が深いですね。

 

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引っ込み思案で人見知り

 

あなたの職場の方々が精神的に成熟した大人だったとしたら、ぽつんと一人でいるあなたに、声をかけてくれるはずです。

「ほら、いつも一人でいないで、こっちにきて一緒にお弁当食べましょう」とか、それが大人の気配りです。

そのときは絶好のチャンスですから、逃したら絶対にダメです。

わかっていますよ、あなたが極端な人見知りで、人間関係を築くのが苦手であると。

でもねえ、ここは人生の大勝負だと覚悟を決めて、冷や汗かきながら、どもりながら、ガタガタ震えながら、それでも仲間に加わっていかないとダメなんです。

これを逃したら、一生あなたは独りぼっち、それくらいの覚悟でぶつかっていきなさ
い。

心のSOSに答えてあげなさい。

 

最初は緊張で居心地が悪いかもしれません。

たぶん、いや絶対に居心地悪いでしょう。

こんなんだったなら、最初から独りぼっちのほうがいいと思うでしょう。

これが不思議なもので、段々慣れてきて自分がすっぽり収まる居場所ができるのです。

人間というのはそういう生き物ですから。

 

ジェネレーションギャップでも

 

しかし、職場の同僚がみな若い人たちで、声などかけてくれそうもない場合はあなたの方から動かなければなりません。

すでに仲良しグループが出来上がってしまっていて、どうにも入りづらい状態でも。

そんな時って、どこか自分が敵視しされているような気がするじゃないですか。

こっちからアプローチするのがかなり厳しそうな状態です。

それでも、まずは、あなたが敵ではないことを分かってもらう必要があります(少し大げさですが)。

そのための一番良いセリフはこうです。

「おとなしくしていますので、仲間に入れてもらっていいでしょうか?一人で寂しいので」

このセリフに拒否反応する人はまずいない。

「あっちに行け!」と答える人はいませんよ。絶対大丈夫。

で仲間にいれてもらったら、穏やかな笑顔でおとなしく過ごす。

でしゃばりはダメ。

すると、そのうち誰かが何か言ってきますよ。

当然、はじめは居心地悪い事は覚悟ですよ。

「あんたも少しはしゃべりなさいよ」とか、「最近、何か面白かったことない?」とか、「何か困っている事ないの?」とか、会話のきっかけがやってきます。

ここが絶対にものにしなければいけないタイミングです。

 

ボケろ!

あなたからの発言が『天然のボケ』を表現できれば一番です。

天然ボケが、歳の差をいっいに縮めてくれます。

それが無理そうであれば、普通の穏やかな会話でも大丈夫です。

まずは笑顔で、近づいていきましょう。

小難しい事を言ったり、理屈っぽかったり、早口でまくし立てたりするのはNGです。

話す内容は何でもいいのですが、とっさに思い浮かばなければ自己紹介でOKです。

やや、天然がまぶさえていて、案外受けるかもしれません。

少し慣れてきたら「背中かいてもらえませんか?」なんていうのもありですよ

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こんなところいられるか、みんな大嫌いだ!

 

もし、あなたが職場での人間関係にうんざりして、これまでに3回以上も転職をしていたとしたら、ご自身に変わった癖があるのかもしれませんね。

たいていの場合、職場には大なり小なり、いじめ、いやがらせ、のけ者扱いといった陰湿な行為はあるものなのです。

その陰湿さに過敏になりすぎていて、いじめの対象がご自分でないにも関わらず心の傷が痛む。

かつて虐待の記憶がトラウマとしてあふれ出しているのではないでしょうか。

いじめなど、当然肯定できるものではありませんし、被害にあわれている人は1日も早くいじめの渦中から救出してあげなければなりません。

でも悲しいかな、いじめの根絶は不可能なのです。

もし、いじめが存在するような職場には居たくないのだと考えるくらい潔癖症だとしたら、ある種のトラウマにかかっている可能性が大きいと考えます。

あなたが、いじめに加担するよう強要されているわけではないのでよ。

 

いじめを客観的に見られますか?

 

誰かが理不尽なパワハラやイジメにあっているのを我慢して、客観的に静観することはできますか?

いま、そこで繰り広げられているいじめの因果関係から目をそらさずに、じっくり見つめることできますか?

ただ、見るだけでいいのです。

いじめとは、何か些細な事がきっかけで始まるものです。

もともとは、いじめられている人の些細な不手際だったり、失言だったりするものです。

それがきっかけで、「なんかあの態度気に食わない」から始まるんです。

「ムカつく、目障りなやつ、ハブにしてやるか、靴を隠してしまえ」へとエスカレートしていくのです。

いじめられる人の不手際とは釣り合わない大きな攻撃を加えられている。

 

集団心理

 

いじめという行為が仲間を一致団結させるのです。

さて、今日はなにしていじめてやろうか、と話題にも事欠かないのです。

暇を持て余した奴らがのめり込んでいく一種のゲームのような位置づけなのですね。

あなたはまず、それらをじっと正視してみましょう。

目に余る物を感じますね。

もしあなたが、それらを見続けることに耐えられないとしたら、あなたご自身がかつていじめにあったご経験があるのではないですか?

嫌な思い出ですから、思い出したくもないですよね。

 

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嫌な思い出

 

でも、嫌な思い出も、記憶から抹消するのは危険なのです。

「本当にあった過去の出来事」として認識できるようにならないと、思わぬところで不都合が起きるのです。

将来、ご結婚されて幸せな家庭をおつもりですよね。

でも家族とて意見の食い違いが発生します。

夫婦喧嘩だってときにはありますよ。

それが普通の家族というも。

 

いじめが強いトラウマとして残っていると、夫婦喧嘩もできなくなる恐れがあります。

家族は常に笑顔でいなかければならないという、不自然な環境の家庭となってしまう危険があります。

もしトラウマとして残っているとしたら、一度だけ専門医に相談してみても損はないですよ。

今のままですと、苦しいだけですからね。

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