精神科・軽症ほど薬が効かない、そんな患者を敢えて拾っていこうとする試み

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犯罪者の精神鑑定をしたり、心の奥底に横たわる異常心理、人格障害、依存症、統合失調症等を扱う精神科医。

 

むしろ日常生活と背中あわせにの人間不信、劣等感、愛情の飢えなどを治療する精神科医。

 

彼らに加え、もっともっと身近な分野を精神科医として受け持とうというドクターが現われた。

 

泉谷閑示。

彼は、最近出版した著書『生きる意味が感じられない人は<仕事なんか生きがいにするな>』のなかで、こう指摘している。

 

働くことこそ生きること、という息苦しさから脱し、新たな生きがいを見つけようと。

 

 

これは、電通での過労死で自殺に追い込まれた高梨まつりさんからヒントを得た単なる思い付きではないのです。

 

人間は、「生きる意味を感じられないと、生きていけない」という特殊な価値観を持っていると言われ、言語という人間特有のコミュニケーションツールの発達がその起源となっているのだと、深く洞察している。

 

 

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精神科とは「病状を把握して、ザクっと患部をえぐり出して解決」というジャンルではない。

 

患者が訴える病感を膨大なデータベース(病状と治療の記録)と比較しながら、投与すべき薬剤を取捨選択し、経過観察しながら効果をみきわめる医療なのです。

 

この丁寧さが求められる医療を、をさらに日常に適用しようという試みだ。

 

泉谷閑示医師の言葉を借りるなら「温度の高い悩み」から「温度の低い悩み」へ精神医療が拡大してゆくのです。

 

意外に思われるかもしれませんが、重症な患者の方が薬物の効果は現われやすいといいます。

 

それに比べ比較的病状が軽度だとして薬物投与を始めたものの、期待した改善がみられず、薬の組み合わせにバリエーションをもたせつ10年も経過している例も珍しくないのです。

 

 

たかが神経症、適合障害なのに、全く埒があかない。

こんな状況が蔓延してしまったのでしょう。

新型うつ病や、適合障害だと聞くと、あっさりと匙を投げる精神科医も居るという。

 

まともに患者と向き合おうとしない。

直す自信がないのです。

 

甘やかされて育った結果だとか、精神科医がわざわざ出張るほどでもないだろうと、患者を敬遠するのだ。

 

確かに患者側が開き直って、頓服として処方された安定剤だけで何事もないかのように暮らしている場合もある。

 

一方で、慢性的に気分のすぐれない状態が限界に達し、ガタガタと震えている人もいるのだ。

 

 

そこを丁寧に拾っていこうという試み。

もしかしたら、新型うつ病や、適合障害の新たな原因が解明されるかもしれないのです。

 

決して、高度成長期に今日の日本の基礎を築いた諸先輩を揶揄している内容ではないのです。

 

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