新年・初詣して、賽銭を投げ込まないと、気持ちが落ち着かない

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『2017年も良い年になりますように』と、ご利益を願って本堂に通じる参道をゆっくりと歩み進みます。

初詣で一年間の明暗が分かれるとは思っていませんが、身分相応の賽銭を投げ込んでおかないと、どうも気持ちが落ち着かないのです。小市民の典型ですね。

宝くじに当たらなくても、万馬券が取れなくても構いません。家族全員がケガ、病気することなく健康で一年過ごせますように、と神様にお願いしてしまうのが日本人。運の有限説が体に染みついているのです。

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初詣のお賽銭でご利益が保証されてしまったら、正月早々、神社仏閣は随分と淀んだ空気に取り囲まれてしまいますよね。

まさに、神様を賄賂で買収するとか、運を金で買うとか、そんないかがわしさへんと変貌してしまうのです。宗教法人は課税対象外ですから、坊主丸儲け。

キリスト教を信仰しているサンタクロースが世界中の子供たちにプレゼントを配って回るのと比べたら、仏教のなんといやらしい事か。

お寺にいちゃもんをつけても仕方ないし、「あんたたちが好きで賽銭投げているだけじゃないか」と神様に反論されるだけの事。

『たかだかこんなハシタ金で、一年間の平穏が得られるなら格安保険じゃない』と、小市民の痛いところを小粋に突いてくる坊主でもいたら、それはそれで正月から面白いのです。

初詣も賽銭も、間接的にお願い事につながっているような、いないようなくらいでいいんですよ。

それが日本人の粋なところなのです。

そもそも運、運命、宿命なるものを信じているとしたら、わざわざ初詣になど出かける意味はないのですから。

思い通りに事が運ばない時に、人は腹を立てたり、弱気になったり、どうにでもなれと開き直ったりする。

惨めな星のもとに生まれたのを恨むしかないと、事態を受け入れやすい宿命に置き換えたりするのです。

 

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しかし、日本人は暫くすると『人生を諦めるのには全然早すぎる!』と、気持ちを奮い立たせるのです。

 

手相占いをヒントに人生を切り開こうと、再び地道な努力が始まるのです。日本人の大半は、努力次第でそれなりの幸せが得られると考えています。

とても素晴らしい人生観ですよね。

 

偶然と努力の割合を半々くらい、もしくは偶然4割、努力6割くらいに設定して人生を営むのが丁度よいように思えます。

偶然の部分を神頼みに託すし、気持ちばかりの小銭の賽銭で神様にすがる。

それと同時に悪事をはたらかぬ事、嘘をつかぬことが神様からのご利益の前提条件となっていると心に誓う。

そこが日本の仏教の良いところで、脈々と日本人の心に受け継がれているのです。

神頼みと努力と根性でうまくいくほど人生甘くはないですね。

でも、成功の確率は確実に上がるのです。

2017年が、子供のイジメや、大人の過労自殺などのない日本になりますようにお祈りしながら、本年初のブログとさせて頂きます。

みんな、今年も頑張ろう!!

 

 

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