発達障害天才ピアニスト野田あすかの別人の顔(オレ二重人格と思った)

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発達障害の天才ピアニスト

 

発達障害でいながら天才ピアニスト『野田あすかさん(34才)』のドキュメンタリー番組を拝見しました。

あすかさんは、その時々の感情を即興で演奏します。

ピアノとコミュニケーションをとっているかのように。

豊かな感受性と、瞬時に心の内を演奏してしまう技術力は天才と呼ぶほかありません。

 

 

 

 

 

彼女が奏でるピアノの音色は聴く人の心を打ち、抑揚の効いた『野田あすかさん』の世界に涙するのです。

 観衆の深層意識にはたらきかけ、心を根底から揺さぶるのです。

演奏した本人といえば、自分の音色に満足し、無邪気に手を叩いている。

その場で起立して観客に深々とお辞儀をするわけではありませんでした。

上手く弾けちゃったわね、と言わんばかりにピアノの前の椅子で、上体をくねらせて嬉しさを堪能していました。

 

「あと一本指があったら、この場面で、もう一つ音を加えたかったの。でも指は全部で10本だから」とのコメント。

この発想は天才としか思えませんよね。

 

ドヤ顔でもなく、自信満々でもなく、はにかみでもなく、ただ素直に音楽を楽しんでる。

まるで子供帰りしたようなのです。

 

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野田あすかさんが如何なる人かを知らずして演奏だけを観た視聴者は、ここで初めて彼女が発達障害であると気付くのでしょう。

失礼を承知で言わせて貰うなら、演奏後の彼女の仕草を見て初めて「ああ、これが発達障害なのか」と天才ピアニストの正体に直面するのです。

「すばらしい演奏をありがとう」と同時に、あすかさんの普段の生活ぶりを案じるわけです。

 部屋を片付けられない芸能人(ごみ屋敷)や、発達障害を自らカミングアウトした栗原類さんとは明らかに異なるタイプです。

 

失礼ながら、一人暮らしはとても無理。

34歳の成人にはとても見えないのです。

脳の機能の大半をピアノ演奏が占拠している感じです。

それほど重症な発達障害に映ったのです。

本物の天才なのだから、音楽以外の脳が機能しなくても仕方ないのか、と何も知らないワタシなどは思ってしまうのです。

音楽のためだけのピアノ脳。

そんなふうに思えたのです。

 

まったく別人の顔

 

ところが、番組が進むうちに、とんでもなく大きな見間違いをしていたことに気づかされます。

 今でこそやめてしまったとの事でしたが、野田あすかさんは暫く前は近所の子供たちにピアノを教えていたのです。

 

 

 

 

 

読者の皆さんは、こう思われるのではないですか?

「発達障害のピアノ教師ねえ。どうせ子供らとじゃれ合いながらピアノレッスンの名のもとで、『音楽を楽しむ会』を開催しているだけなのでは?」

天才が本能の赴くままに鍵盤の上で指を躍らせるのと、ピアノを基礎から理論立て教えるのは別ものなのだ、と。

ところがピアノを教えるときの『あすかさん』の様子を見てゾクッと鳥肌が立ちました。

演奏を終えて体をくねらせながら無邪気に手を叩く野田あすかさんとは全く別人なのです。

子供っぽい仕草はみじんもなし。

発達障害の片りんなどどこにもないのです。

レッスン用テキストのページを指定して、子供に弾かせてきちっと指導しているのです。

生徒の横について、子供の手の動きをしっかりと見据えています。

学校の先生、塾の先生と1ミリも違わない本物のピアノ教師です。

100%成人した一人前の先生です。

面白半分、遊び半分の授業などでは全くないのです。

 

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ワタシは野田あすかさんのプロフィールをあわてて検索しました。

 

 

二重人格なの?

 

 広汎性発達障害であることは知っていましたが、もしやと思ったのは解離性同一障害です。

つまり二重人格ではないのかと。

あすかさんは確かに解離性同一障害に苦しんだ時期があるそうです。

人とうまく付き合えない。

いつも独りぼっち。

一生懸命みんなと同じようになろうとうするけれど、どうしてもできない。

この発達障害の特徴に苦しんだあげく、解離性同一障害を発症しリストカットをしたとWEBサイトに掲載されていました。

番組では、彼女の解離性同一障害にはスポットライトは当てられていませんでした。

でも、ワタシがあすかさんから感じた解離性同一障害がどうしても気になるのです。

教育者(ピアノを教えている時)の野田あすか、とピアニスト野田あすかの二つの別々の人格です。

『あすかさん』の場合、もっとも目を引くのが、平素の様子とピアノを弾いているときの様子の違いです。

超一流のピアニストのリサイタルかと思いきや、演奏が終わった瞬間にあすかさんの様子に異変を感じます。

しかし、ピアノを弾く前の『あすかさん』と、ピアノを弾いている『あすかさん』が別々の人格であるはずはありません。

これが発達障害なのかと痛感しますが同一の人格です。

 

唐突ですが、彼女の知能レベルは高いのです。

学生の頃も成績優秀です。

学業においては、同級生から全くひけを取らない。

実際、インタビューで話す内容をじっくりと聞いていると、述べる意見も、使う語彙も我々成人と変わりありません。

何が違っているかというと、幼児的仕草と子供じみた話し方。

幼稚園児や小学校低学年くらいと周囲には映るでしょう。

でも、22歳になるまで発達障害と知らされなかったというのです。

なぜ、それまでわからなかったの?

どう見ても普通じゃないでしょ、と疑問に思うのです。

友達ができない、とご本人は悩み抜きました。

友達側からすると、話していてまどろっこしいのでしょう。

意思の疎通に時間がかかるのです。

栗原類さんレベルの発達障害であれば、専門家の診断無しでは判明しないかもしれません。

彼だけではく、世の中には発達障害と診断されて初めて、それまでの生きずらさの原因を知る人が少なくないのです。

でも、野田あすかさんの場合、22歳まで判明しなかったというところに、どうも納得がいかない。

なぜ、22歳になるまで発達障害が判明しなかったのか?

 

健常者の人格が天才ピアニストを殺そうとした?

「今の気持ちを曲にしてみて!」とお願いすると、一瞬考えて即、弾き始めます。

考えて弾いているのではなく、気持ちがそのまま指先に伝わって鍵盤の上を走り出す。

物憂げな気持ちの曲をお願いしたつもりが、段々と元気な曲に変わっていく。

本人曰く、物憂げよりも元気なほうが好きだからと。

人格交代などしている様子は全くありません。

ピアニストの野田あすかは天才であるが、演奏が終えると途端に子供帰りしてしまう。

同じ人格です。

 

 でも、もう一つ全く別の顔がありました。

子供にピアノのレッスンを施している光景は、まさにもう一人の別の『あすかさん』なのです。

 

普段は見られることのない大人の口調、指導者としての毅然とした物腰が顔を見せるのです。

だとすると、ピアノを教えているときだけは、普段機能しない脳の部位が働いているのか?

ピアノ教師のときだけ、いつもは機能しない脳の部位にスイッチが入るのか?

どうやったら広汎性発達障害を解くスイッチを押す事ができるのでしょうか。

 
凄い場面を見せてもらったと感じました。

いや、もしかしたら野田あすかさんは、発達障害と健常者の二重人格とは考られませんか?

22歳まで発達障害とみなされなかった理由は、ほとんどの時間を健常者として生きてきたから。

何かの拍子に(ご家庭の事情?)に発達障害の人格が出現した。

音感に優れ、思いのままにピアノを操る天才の野田あすかが誕生した。

発達障害でいるとき、脳の一部が機能を休め、天才の脳が回り始める。

どっちの人格で生きていくべきなのか、と親は悩む。

解離性同一障害を治療して天才ピアニストを失うよりも、二つの顔で生きていくほうが幸せなのかと考えたのかもしれない。

 二重人格の患者で、内在している異なる人格どうしがコミュニケーションをとることは 治療の途中の段階であとのことです。

  ピアノレッスンの後、『あすかさん』は酷い疲労に陥るそうです。

 

 

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