パニック障害患者・海外出張する

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予期不安に怯える日々

パニック障害を発症し、薬物療法を受けながら内観法とマラソンで体調を持ち直してきました。電車には乗れるようになりました。

でも相変わらず遠方に出かけるのが苦手なのです。

いつパニック発作に襲われるかが不安なのです。典型的な予期不安です。

「自宅にいたって、外出先にいたって何も変わる事ないだろう、気のせいだよ」と自分に言い聞かせても不安なものは不安、遠出すればするほど緊張は高まり自分の意思ではどうにもならないのです。トラウマになっているのです。

予期不安に怯える日々です。

片道2時間をこえる距離だと、かなり不安感は高まります。呼吸困難にちかい息苦しさを覚えるのです。

またあの嫌な気分がぶり返すのでは、と自らパニック発作へとのめり込んでいくのです。

とはいえ、遠方に行く事が全くできないかというと、そうではないのです。

 

たとえば大阪に出張する用事があるとするじゃないですか。

 

まずは、 どうにかして行かずに済むよう手を尽くすのです。

電話だけで要件が解決するためにはどうすればいいのか、それがダメなら、別の若手社員を代わりに行かせて用事を済ませるためには事前に何をしておけばいいのか。

そうやって出張の必要性を全力で打ち消そうとしていました。

東京から大阪といえど、それくらい辛いものだったのです。

 

実際、何度か出張せずに済ませることに成功しましたが、 行かなければならない場面も当然出てきてしまう。

 

不思議なのですが、行くと決まってしまうと心の中に変化が出始めるのです。
潜在意識が出張を認めたのでしょう。

 

 

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予期不安に付きまとわれながら、時々行く気モードに切り替わるのです。

不安がなくなるわけではないのですが、気持ちが前向きになっていくのです。

そして、いつもより多めに精神安定剤を服用しながら、 なんとかかんとか出張を済ませて帰ってくるのです。

出張の間はいつもよりも短い感覚で薬を服用してしまいます。

 

そんな事を繰り返しながらサラリーマン生活を続けていましたが、 海外出張には相変わらず行くことができない状態でした。

 

 

パニック発作に見舞われることはめっきり少なくなりましたが、予期不安だけは一向に収まる気配はなかったのです。

 

 

2週間に1度のペースで通院し、1分~2分程度、主治医と会話して薬を処方してもらう。
そんな生活が5年間くらい続きました。

 

変わったことは、精神安定剤がデパスからソラナックになり、血圧の降下剤が追加されただけ。

特に大きな体調変化はなし。

パニック障害という病気は、5年、10年はザラなんだそうです。

 

自分としてはパニック発作さえ抑えられて暮らしていければ、一生、同じ薬を服用し続けても良いという覚悟に至っていました。

 

ただ、問題は仕事なのです。

商社勤めですから、海外には行くことはできませんでは済まされない。

 

既に発症から5年たっていますからね。

発症当時からワタシの体調を気にかけてくださっていた上司にでさえ、いまでも予期不安に怯える日々を過ごしているなどと言えません。

 

海外出張は勘弁してくださいなどと言うわけにはいかないのです。

 

海外出張命令

 

ある日、イギリスに出張しなければならない事態に陥ったのです。

出張の業務命令です。

2週間ほど先に、5泊のイギリス出張を命じられました。

両方の手のひらにべっとりと汗をかき、頭と首の後ろがカッと熱くなりました。
当然、業務命令を断ることはできません。

 

それからは寝ても覚めても毎日、毎日、出張でのパニック発作の事ばかりを考え続けました。

 

見知らぬ土地でパニック発作を起こしたらどうしよう。

12時間もの飛行機での移動をどうすれば我慢できるだろう。

ワタシが恐れているのは飛行機ばかりではないのです。

自宅から離れる事も同じように不安なのです。

5泊の出張すべてが苦痛なのです。

いっときすら心休まる事のない5日間なのです。息継ぎ無しの潜水競争のようなものです。
誰か、催眠術でもかけて5日間だけ平常心にもどしてくれ、と叫びたい気持ちです。

 

まずは隔週で通院している医師のところでイギリス出張が決まったことを告げました。

こっちにとっては、生きるか死ぬかくらい重大事件であるのに主治医は全く驚く素振もないのです。

こっちの説明を普通に受け流し、いつもの薬を処方しておくと言ったのには正直拍子ぬけしました。

患者がどれだけ情緒不安定になっているのか考えよともしないとブチ切れそうになりました。いつもの処方に、ハイお願いしますと返事をして、病院を後にするわけにはいかないのです。

 

何か特別な薬を処方してもらわなければ今のままじゃとてもイギリスなんかに行けるはずもない。

 

「飛行機が長いので、機内で眠れるような薬を追加で処方してもらえませんか?」

 

「そうだね、それじゃ効き目の早い睡眠剤を出しておこう」と、それだけ。

 

  「大丈夫ですかねえ?」

「何が?」

「海外出張のことですけど」

 

  「大丈夫なんじゃない、ずっと仕事ってわけじゃないでしょ。景色も違うし気晴らしにもなるよ」

 

  こっちの不安を全然わかっていない。

 

まあ、とりあえず機内で眠れるなら、それはそれでいいか、と病院を後にしたのです。

 

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睡眠剤があるとないとでは、安心感がだいぶ違うのですね。

 

出張日がくるまで、精神的には一進一退といったところでした。モチベーションが上がる事もあれば、神経質になって落ち込むことも。

大丈夫と前向きな精神でいられるときと、骨折でもして誰かに代わってもらえないかと突拍子もなく弱気になるとき。

 

ただ、自分の中で出張当日の朝のシミュレーションが始まっていました。

とにかく大切なのは、パニック発作を起こさない事。

朝起きて、すぐに精神安定剤を呑んで、気持ちを落ち着かせてしまおう。

焦りがでたら、そのままパニックに引きずり込まれる。

 

無事帰国、そして次なる使命

イギリス出張からはパニック発作に襲われる事なく帰ってくることができたのです。

しかしながら、薬の飲み過ぎでしょうか、とにかく喉が渇いて仕方がないのでした。

1日にソラナックスを何錠呑んだか覚えていません。

イギリスについて打ち合わせをしている最中も、少しでも不安感が出るたびに、1錠、また1錠と呑み下していました。

飛行機内では睡眠薬が思ったほど長時間効いてくれなかった為、相当量のウイスキーを飲んでしまいました。

とにかくイギリスまで行って来られたという満足感と、こんなに薬を服用しなければ居られないメンタルの良さの両方で複雑な思いでした。

 

それから10年間、体調を大きく崩すこともなく、また予期不安が解消されることもなく過ごしてきたのです。

海外出張は10年間で近場の韓国、中国、台湾を含めると10回程度あったかと記憶します。

毎回一緒の行動パターンで、薬の過剰摂取と、機内でのアルコールです。

平均すると年に1回くらいの海外出張ですから、少々身体に無理をさせても健康を損なうことはありませんでした。

このまま大きな病気をすることもなくサラリーマン生活を終えられれば、それでよいと思っていたのですが、ここで思ってもみなかった疫病話が飛び込んできたのです。

 

「アメリカのオハイオ州に3ヶ月ほど行ってくれないか」

それって何の仕事だよ?

なぜオレ?

3ケ月?

無理、無理、無理。

これが正直な反応です。

上司は一方的に会社の事情だけを得々と話します。

誰かがやらなければならないのはわかるが、オレには無理だ。

 

1時間ほどの説得を受けるうちに、自分の中で、もしこの仕事から逃げたらパニック障害に一生支配されてしまう、という思いが出てきたのです。

 

もしかしたら、3ケ月のアメリカでの仕事を乗り切れれば、その先に何かがあるかもしれないという思いが出てきたのです。

でも、そう簡単には引き受けられるほど度胸はすわっていないのです。

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どうすべきか?

引き受けるべきか、断るべきか。

断る事などできないのではないか。

何も言えずに時間だけが経過しました。

もし引き受ければ、また潜在意識がいい方向に動き出すかもしれない、 そんなふうに気持ちが揺らぎました。

そして引き受けることにしたのです。

たぶん、これは自分にとって最も大きな決断だったと思うのです。

「そんな、大袈裟な!」と思われるかもしれませんが、本当に怖いのです。

この続きを次回の記事で書かせていただきます。

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