いじめにあったら声を出せ!いじめの証人を作るのが根絶の一歩だ!

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いじめに気付かなかった?

 

いじめを苦にした子供たちの自殺が後をたちません。「助けて!」の内なる声を書き残し旅立ってしまった子供たち。

虐めはなぜ根絶できないのか?いじめの原因は何なのか??

 

息子、娘に先立たれたご両親の気持ちを考えると本当に居たたまれません。

中学生、高校生といったら人生これからじゃないですか。

そんな子供たちを自殺にまで追い込むいじめ。

この世から消えたいと、自らの手で命を断っていくなんて悲しすぎる。これ、殺人ですよ。

 
新聞、テレビのニュースを観ているとよくコメントされます。「近くにいた友達、学校の先生、何とかできなかったの?」と。


いじめを止める事は出来なかったとしても、
異変に気づき、心の病を疑って精神科病院を受診させていれば最悪の事態は避けられた。

でも学校は口が裂けても、いじめに気付いていたとは言えないのです。 
 
 
 だって『いじめ防止対策推進法』が制定されていますから、気づいて何も対策していなかったとしたら法律違反なんです。

いじめが犯罪行為と認められるときは警察署と連携して対処すること、と決められているのです。

ましてや、いじめられていた子供が自殺などしてしまったら、とてつもない処罰が待っているわけです。

内心、自殺するくらいならいじめの主犯格と殴り合いの喧嘩でもしてみれば、と他人事扱いの教師もいるのです。

 誰か一人を選んでいじめがはじまる

 

何を理由に一人の子供をいじめの対象として選んだのか、 それなりの理由はあるのでしょう。

 

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いじめられる子供には共通する特徴があるといいます。

  1.  空気が読めないタイプ。
  2.  なにをやらせても不器用で、グループの足を引っ張るタイプ。
  3.  個性が強すぎて目立つるタイプ。日本のような平均好き社会では叩かれてしまうのです。
  4.  いじめても反抗してこない、声を出さないおとなしすぎるタイプ。       

一方で、虐めをする子供の方も心の問題を抱えている場合が多いのです。

はっきり言って、不良です。
 
 他人を いじめる事が、その不良の子にとって自己防衛の手段として機能しているようなのです。 

人をいじめる事で歪んだ精神をかろうじて保っているのです。

いじめておいて、苦しんでいる様を優越感をもって眺めているのです。

他人の不幸は蜜の味、と通底するものがあります。

この、いじめをする主犯格の子供はとてつもなく大きなストレスを抱えています。 

家庭環境が悪く、両親から愛情を注がれずに育った子供であることが多いのです。

そして、今なお、劣悪な環境化での生活を強いられている。

 
  付き合う友人も、夜な夜な繁華街をうろついたり、ゲームセンターに入り浸ったりのチンピラ予備軍のよう者ばかり。

 
 人の不良さ加減はエスカレートし、精神はますます歪んでいくばかりです勉強になど興味を注げるような生活環境ではない。

 

気持ちがギザギザに尖ってしまって他人に優しくできるような精神態ではない。まさに心の病にどっぷりつかつているんです。

医療としてのカウンセリングが必要なんです。いじめをする事で自分の心のバランスを取っている。いじめをする事で本当の心に蓋をしているのです。

この問題は学校とか教育委員会みたいな教育機関じゃびくともしないんですよ。

 

青森県「中1いじめ自殺、、、、」

 

『週刊女性』2016年9月20日号に「中1いじめ自殺、、、」という記事が掲載されました。中1男子生徒がいじめを苦に首つり自殺に至るまでが詳しく書かれていました。


前述のいじめられる人の特徴と照らし合わせてみると、確かに共通する部分があるのです。

① 「男子生徒は本当におとなしい、普通の子でした」と同級生は証言しています。
② 陸上部に所属していて、女子仲間と楽しそうに話していたといいます。これを「何で女とばかり話すんだ」と言われたことがあるそうです。
③ 「お前の日本語は何を言っているのかわからない」とバカにする生徒がいたとの事です。


なぜこんなこと(上記の①、②、③)で、いじめられなければならないのかと疑問に思いますが、いじめられる人の特徴と合致しているのです。

口数が少なすぎて何を考えているかわからない。
そのくせ、陸上部の女子生徒とは楽し気に会話をしているのです。

それで、いざ話を聞こうとすると表現が曖昧で何を言っているのか要領を得ないわけです。

記事では近くの席の子に椅子を蹴られるいじめを受けていたととも書かれていました。


時系列的に整理すると、4月に中学校に入学し、6月のはじめには母親が学校にいじめの相談の電話を入れています。

6月13日には席替えをしてほしいと母親が再び学校に訴えかけているのです。

椅子を蹴るいじめから息子を救うために、いじめっ子から距離を話してほしいと具体的に指示をだしているわけです。

教師がいじめっ子に指導した結果、逆にいじめはエスカレートしてしまったのです。

こんな事体を同じクラスの生徒たちは「いじめに全然気付いてあげられなかった」と言葉を漏らしている。

自殺した子供が残した手紙には「いじめがなければ、もっと生きていたかったのにね、ざんねん」とどこか他人事のようなコメントが残されていたのです。

客観的にみて、なにかちぐはぐな印象を受けるのです。中1男子は、いじめを苦にしていたわけです。

その母親も、息子が家庭で洩らす言葉から学校でいじめにあっている事、さらに具体的に椅子を蹴られる等まで知って、学校に救済を求めているのです。

その反面、クラスメイトは全然いじめに気付いていないのですね。

学校は椅子蹴りの生徒に教育指導をしたものの、逆に仇になってしまった。

母親がそれいらい沈黙たため、学校は事態が終結したものと勝手に思い込んだしまったわけです。

そして夏休みが終わる直線の8月16日に自殺してしまった。

 

虐めのパターン

 

こうして実際の事件を客観的に考え居ると、虐めの一つのパターンが浮かび上がってくるのです。

声を出さない子供が狙われる、というパターンです。

虐めても大声で助けを求めない、おとなしい子供が標的にされてしまうわけです。

今回の事件では、声を出したのは母親でした。いじめられていた男子生徒は声を上げていない。

だから、回りのクラスメイトも虐めの実態を把握していないのですよ。

そんな中で、母親が相談した相手が学校でしたから、温度差がありすぎて解決の方向に向かわないわけです。

 胸糞悪い気分を晴らそうと、はけ口がいじめに転換


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虐める側のささくれ立った神経は、ちょっとの事でも暴力へとエスカレートしていきます。

いじめ、爆発寸前の不健全な精神状態を何とか正常に保つ手段だったのでしょう。


誰かひとりをいじめで血祭りに上げることで、
自分の不幸とのバランスをとっているのです。

歪んだ精神の均衡を保つ手段となっているのです。だから 大人から多少注意を促されたって、

反省や自己嫌悪などこれっぽっちも出てこないんです。

優しさなんていう感情が心からにじみ出る余裕など全く皆無なのです。

 

 いじめの主犯格をどう扱うべきか?

 

学校の手に負える問題ではないのはわかりますよねでも、学校も教育委員会も表立って口に出そうとはしないのです。

あくまでも、現状維持。自らの無力さを認めるような恥さらしはお断りだというわけです。

学校という組織をイメージしていますが、最終的には校長判断ですから、校長が腹を括らないと何もはじまらない。

NHKのテレビ番組に『いじめをノックアウト』というのがありましたね。もちろん悪い番組ではないです。

でも、あれがいじめ根絶につながるとは思えないのです。

いじめ防止標語コンクールなどで、小気味よい標語を耳にします。でも、実際問題、役には立たないでしょう。

もちろん家庭環境が悪いのですから親の手に丸ごと問題解決を委ねる事もできるわけはない。

 それじゃあ、どうする?

最終手段を採るしかないでしょう。 はっきりいいます、警察の出動以外方法はありません。

 

警察の出動

中学生や高校生の将来のある身、

そんな子供たちを安易に警察に任せるなんてどうかしている、と反対意見も有るとは重々承知しています。

 でもね、学校がなんとか知恵を絞って対策できるならとっくにやっている。

学校の先生らの残業時間はブラック企業並みです。いじめに本気で取り組む時間など、学校にはないのです。

それが出来ないからいじめの被害、いじめによる自殺が後を絶たないのではないですか。

 将来への影響を考慮するために、少年法があります。

  少年が起こした幼児殺害とか同級生殺害とか、そんなものにだけ適用するのが少年法ではない。

いじめの主犯格を警察が補導し、少年法のもとで対策を講じるのが一番の得策なんです。

学校とか、教育委員会とか、そういうぬるい組織じゃビクともしませんよ

警察が関与することが重みがでてくるのです。

そして被害にあっている子供が勇気をだして、声を上げる。

「虐められています!」と大声で叫んで、証人を作るんです。

そうすれば、『いじめ防止対策推進法』のもとで学校も警察も動かざるを得ない。

 

平常な心理状態でいじめる側と馴染んでいる子供たち

 

彼らは日ごろからストレスに苛なまれいるわけではありません。 中流階級の家庭で生まれ、育ち、両親も健在。 家には自分の部屋もあってプライベートも守られている。

客観的にみて、問題のある家庭環境とは思えない。  なのに何の目的でいじめに加担しているの?


理由など何も無いのです。

いじめる側から抜けたら、逆に自分が被害にあうから? 理由はなんであれ、いじめる側に立っていた者は、 主犯格と同じ扱いで構わないのです。

 

警察にゆだねればいいんです。もちろん触法少年があるのは百も承知ですよ。

でも、『いじめ防止対策推進法』を持ち出して、警察を引っ張り出すしかないのです。



そうではなくて、手も足も口も出さないで、ただなんとかく黙認している生徒たちが、このいじめの現状をどう見ているかが、今後の改善にかかわってくるのです。

きっと、『いじめをノックアウト』を見て、いじめ防止標語コンクールに応募などしながら育った子供たちです。

 現実のいじめに対しては、ただ無関心で、ぼーっと見ているだけ。

それが、どれほど残酷なのかを教えなければならないのです。

 


いじめられている子供の「助けて!」
の声が聞こえていないんですから。

 
  ただ、なんとなくみんなと一緒のグループにいるだけ。

これが厄介なイジメの構造なのです。

それなら、そのグループの子供たち一人一人はどう思っているの?

 

全員同じですよ。 ただ、なんとかなくなのです。 なんとなく、いじめられている子を無視していた。 誰も声をかけないから、自分もかけなかった。

「アイツ、キモくねえ?」


うん、キモい、キモい。」


さしたる根拠もなく、こんな会話が成り立って、
一人の子供が不登校になっていく。  別にノートにいたずら書きをしたわけでもない。 わざと傷つけることをと言ったこともない。

「でもね、あなた一人でも友達になってあげていれば、自殺などせずに済んだかもしれないじゃない?」 そう問いかけても、手ごたえのある回答は望めない。

ただ、ぽかんとするだけ。 だって当事者意識がないのですから。


無念をしたためた遺言と、当事者意識の
ない子供の意識の乖離が大きいのです。

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  自殺など大きな事件に及ぶ前に

生徒でも先生でも、いじめがあると認識したとき何をすべきなのか? 

警察に出動要請をして、しかるべき処分を下してもらう。

 

いじめに少しでも関与していた子供も、同様に警察への引渡しです。

おそらく処分は軽いものとなるでしょう。

 

それでいいんです。 警察が関わることが重要なのです。警察がでてくることで重みが増してくるのです。

いじめが犯罪であることを認識することが大切なのです。

いじめられていた子供は、うつ病診断をしなければなりません。

 

これは大切ですよ。
  いじめる側には立たなかったけれど、ひとりぼっちのいじめられっ子の味方につけなかった理由を、とことん話し合うのです。

「助けて!死にたい」の声が聞こえなかったのか、聞こえていたのか。

いじめられっ子が、みんなから受け入れられない理由が あぶりだされるかもしれない。

明確な理由には至らなくとも、友達になりたいタイプではないと、うすぼんやりと輪郭が見えてくるかもしれない。

 

なんらかの意見が出てくることで、いじめられっ子、本人にも、もしかしたら心当たりがあるとヒントが見えてくるかもしれない。

 いじめが犯罪であることを徹底的に刷り込んで、子供らを犯罪から遠ざけるよう仕組みを変えるのです。

そして、いじめられる子に何らかの原因があるのなら、 それを本人にも自覚させなければならない。

そうやって、国として早急な対策を打ちだし、一方、学校では地道に子供たちの気持ちをじっくりと探っていくべきなのです。

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