津久井やまゆり園事件・犯人植松聖は人格障害なのか?

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目次
はじめに
幼少期
両親との関係
青年期~
異様さと衝動性
真正面から向き合って
補足
 
 

はじめに

 

 
相模原市の津久井やまゆり園事件で、19人を刺殺され、26人に重軽傷を負わされた。
 
 
あれから2週間が経過しました。
 
決して許されざる犯行です。
 
報道された犯人植松聖の生い立ちを知れば知るほど、植松容疑者って何物?  という疑問が膨らんでくるのです。
 
 
 
大量殺人や連続殺人の犯人の心には深い闇があるとよく言われる所以なのでしょうか。
 
 
 
 
.
以下の記事を読まれて気分を害さえるかもしれません。
 
 
ご批判は重々承知でありますが、悪意無きものとしてご了承ください。
 
今年4月~6月『火の粉』というドラマが放送されました。
 
 
ご覧なられましたか?
 
『火の粉』はサスペンス仕立てのドラマで、ユースケ・サンタマリア氏が殺人犯の武内役を演じています。
 
 
 
武内が元裁判官の家(梶間家)の隣に、あたかも偶然を装って引っ越してくるところからドラマは始まります。
 
 
 
 
この元裁判官とは、殺人事件 の裁判で武内に無罪判決を下した人物。
 
 
武内からすれば、命の恩人。つまり、武内は、すでにこの時点で数人を殺害しているのです。
 
 
『被害者側に殺されるべき原因がある』
 
これが植松容疑者と『火の粉』の犯人像とを比較してみたいと考えた理由です
 
 
 
 

 

幼少期

武内は無職で、親の遺産で暮らしている。
資産家の息子であったと推測される。
不自由ない生活。
お坊ちゃま的な幼少期。
ただ、母親から愛されていなかった、もしくは愛されなくなった。

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認められていなかった、もしくは認められなくなった。
 
境界性人格障害であるがゆえ友人はいない。
離れて行ってしまう。
 
 
植松は、明るくクラスのムードメーカー的存在。
 
ただ、人と違ったことをするのが好きだった。
 
奇をてらう。
 
どう行動すれば、周囲の賛同を得られるかを計算していた。
 
その世渡り術でうまく生きてきた。
 
 

両親との関係

武内は、ビデオに近況報告をこまめに録画します。
 
母親に宛てるデオレター。
ある日、ビデオカメラの前で、殺人犯の自分に無罪判決を与えてくれた裁判官に感謝していると告白します。
 
 
 
ここで、視聴者はやっぱりこいつ殺人犯だったと真実を知るわけです。
 
 
そのビデオレターの配達先は母親が眠る墓石の下。
 
すでに母親は他界していて、骨壺がおさめられた空間は 死んだ母親宛ての手紙でびっしり埋め尽くされている。
 
 
 
ヒッチコック監督の「サイコ」の親子関係を彷彿させる演出。
 
母親に認められたいとい強烈なまでの思いに縛られている。
 
 
父親については不明だが、良し悪しに関わらず、大きな影響は与えていない。
 
 
 
 
植松の場合は、ご両親とも生存されているものの、別居。
 
 
立派な自宅があるが、ご両親そろって、そこから出て、別のマンションに住まわれている。
 
 
 
父親は小学校の図工の先生で、植松も小学校の教師になるべく、帝京大学での教職課程を履修。
 
 
父親が植松の将来設計の手本になっていたのでしょう。
 
 
母親はホラー漫画作家で一時期雑誌にも掲載されていたが、植松への影響は大きくない。
 
 
 

青年期~

武内の青年期はドラマでは語られていないが、上流家庭で一流品を見る目が養われていった。
 
 
ただ、対人的には孤独感を深めていったはず。
 
 
ドラマでは回想場面として前の殺人事件の動機をこう描かれている。
 
せっかく贈ったネクタイなのに、相手は喜んでくれなかった。
 
なぜ贈った側の気持ちを汲み取れない。
 
酷い仕打ちだ。それだけの理由で3人を殺害しているのです。
 
 
贈り物の趣味が合わないというだけで、まるで自分の存在価値を否定されたと結論付ける思考回路。殺されて然るべき裏切り行為だと考える精神の歪み。
 
 
 
 
 
境界性人格障害のうえに反社会性人格障害を上乗せした人格。
 
 
植松は、ご近所からは
「あいさつができる青年」
「教育実習を頑張っていた好青年」
と評されていた。 
教育実習先の小学校でも、熱心に子供と接していた。
 
大学では「オールランドサークル」に所属し、 交友関係でも『リア充』と言われるほど充実した生活だったように見えた。
 
 
 
ただ、うわべとは裏腹に大学終盤にさしかかる頃には、精神が不安定になっていったという。
 
 
 
徐々に大人の世界や、世の中の仕組みを知るにつれ、それまでの生き方、 世渡り術では通用しない不安が本人に揺さぶりをかけてきたのではないか。
 
 
 
不安を打ち消すために刺青を入れた。
 
世間の荒波にもまれる不安を、刺青を入れることで自己防衛でもするかごとく。
 
 
明るいムードメーカーのキャルクターに、頑強なる一面を刺青で盛ったわけだ。

 

 
 
教員採用試験に不合格となるや、さらに刺青を増やす。
 
両親との関係もギクシャクしだし、両親が家を出るきっかけのひとつが刺青。
 
 
 
世間と向き合う為の精神のバランスを刺青でなんとか保った。

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異様さと衝動性

 

武内の異様さが垣間見える場面として、高価なプレゼントがあった。
 
 
裁判官一家への感謝の気持といって高価な贈り物を得意満面に手渡す。
 
 
高価であればあるほど感謝の気持ちの重さを表していると。
 
非常識さ、世間知らずさ。
そこから急速に距離を縮めにはいります。
無罪判決への感謝の気持ちを口実に、梶間家の人たちへとアプローチしてゆきます。
 
 
 
でも、まだここでは非常識な人、程度。
しかし、非常識度数は加速度的に跳ね上がってゆきます。
 
梶間家の家族になりたいと、宣言するのです。
 
この宣言は、普通の感覚でしたら、家族ぐるみの付き合いがしたいのだと受け止めますから、 拒絶する人はまずいないですね。
 
 
 
しかし、武内氏の場合は、全然違うのです。
 
家族の一員になったのだと本心から信じている。
 
身内縁組を取り付けたかの如く無遠慮に付きまといだし、相手をほとほとうんざりさせる。
 
 
 
寝たきりの祖母が亡くなったのは、武内が毒をもったのだとやっと気づく。
 
寝たきりの老人など、介護にあたる嫁にとってみれば単なるお荷物。
 
だから殺してお嫁さんを自由にしてあげたのですと、 開き直る。
 
 
自己の主張を正論と押しつけてきて、 そこには相手の気持ちを察するゆとりが微塵もない。
 
 
 
梶間家の人々が武内氏の凶暴さに怯え、彼を家族の一員として迎え入れてしまいました。
 
 
そうしなければ、家族全員が殺害されかねないと判断したからです。
 
 
一緒に食事をするのも、夕飯に招くといった間柄でなく、 当たり前のように生活の一部として梶間家に居座り始めたのでした。
 
 
顔面をひきつらせたような愛想笑いでバームクーヘンを焼きますが、 その取り繕ったような不自然な雰囲気から、 この家族はすでに武内氏に所有物の一部となったのだと思わせるのでした。
 
 
 コーヒーブレイク
 
                                                    
 
 
一挙手一投足にびくびくと過剰反応する家族。
 
恐怖政治。
一瞬たりとも気の休まることのない閉塞感。
 
家も家財もすべて捨てて武内氏から逃げるほかに手段はないのか。
 
弱みを握られた者たちは、すべてを見透かされ万事休すだと諦めたとき、はじめて家族全員が命を懸けて結束したのでした。
 
 
 
植松は何をきっかけに道を踏み外したのか。
 
珍しいものではない。
 
弱い自分と決別するために刺青を入れる。
 
格闘家などが精神的な拠り所として使う手段。
 
後戻りできないぞ、という決意表明。しかし植松に決意はなかった。
 
 
 
失敗をするたびに、刺青が体を覆っていった。
 
母親は止めてくれ泣き叫んだ。でもやめない。
 
そもそも教育者をめざすものが刺青を入れて何の得がある?
 
植松の刺青は、精神のバランスが保てなくなった者が解離性障害(多重人格)に逃げ込むのに似ている。
 
 
 
刺青が有する独特の力強さに逃げ込んでいるように見えるのです。
 
遅かれ早かれ、ドラッグに手を染めるのは目に見えていますね。
 
 
ただ、教員採用試験に合格できなかった後、特別支援学校の教員を目指す。
 
 
 
小学校の教師はハードルが高いからと。
 
その足掛かりにという理由から障害者施設の仕事に就いたのです。
 
教師への道を断つことはしないのです。
 
実際には、その前に短期間別の仕事に就きましたが、金銭面で満足がいかず退職しています。
 
 
 
この障害者施設の仕事という選択は正解だったのだろうか?
 
 
植松は「津久井やまゆり園」で3年2ケ月働きました。
 
 
「津久井やまゆり園」での給料に満足していたのかは定かではありません。
 
 
はじめのうちは、やりがいをもっていたようです。
 
が、次第に仕事が辛くなり、その度に刺青を増していったようです。
 
施設にいる障害者は、ときには職員に暴言を吐く、更に暴力を振るうこともあると聞きます。
 
 
 
普通に自分の進退を判断する場合、
「ここでの仕事は自分には合わないや、だから転職しよう」
となるわけです。
植松の場合は、職場仲間に障害者を殺すと洩らしながらも、「津久井やまゆり園」に居つづけようとする。
 
 
 
危険を感じた同僚が警察に通報し、措置入院となったわけです。
 
 
措置入院中の検査で大麻の使用が発覚しています。
 
植松は何としてでも教員(特別支援学校)に進まねばならない使命感をもっていた。
 
 
 
だから不満を抱ながらも障害施設での仕事を辞めずにこらえていた。
 
大麻を吸った結果、一足飛びに残虐行為への道へと突き動かしてしまったのではないか。
 
 
障害者さえいなくなれば、自分の仕事はもっと楽になる。彼らにいてもらっては自分の教員の道は閉ざされてしまう。
 
 
 
彼らは存在しないほうが世界の為だ。
 
自分勝手な思い込みなんかではない、正しい選択なのだ。
 
そう自分自身を洗脳してしまった。
 
 
だから犯行後、警察に出頭した後も全く反省する様子は無い。
 
もし、反省してしまったら自分が負けたことになってしまうのだろう。

 

真正面から向き合って

武内氏と真正面から向き合い、
 
「あなたは、私たちの家族ではない」
と断言したのです。その言葉を聞いた瞬間、武内氏の中のなにかが崩れました。
 
 
 
あれだけ無遠慮でなにものにも動じない精神構造が崩れたのでした。
 
 
自分を殺人の罪から救ってくれた恩人とその家族、
 
その一員に迎えられたいと望んだのが始まりだったからこそ、
 
「家族には入れられない」
 
との断言がもろに突き刺さった。
 
彼は彼なりに精一杯やったが、ダメだった、その瞬間。
 
 

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高価な贈り物にしても、度が過ぎていたことを除きさえすれば、 感謝の気持ちの表れと言えなくはない。
 
 
 
 
寝たきりの祖母を殺害し、介護に辟易していた嫁を解放したのも、 彼の中では親切心の範疇なのでしょう。
 
 
手作りのジュースを届けたり、母親の墓を梶間家の墓の隣に移したりと、 膨大なエネルギーと時間と金を突き込んで梶間家の人たちにぶつかって行ったのです。
だが、バランス感覚がまったくなっていない。
 
 
 
 
 
これが境界性人格障害の悲しさなのです。
 
人と人との関係における「ほどよさ」がわからない。
 
ほどよい近さ、ほどよい量、ほどよい金銭感覚は、たいていの人はそれなりに年を重ねることで身についてきます。
 
 
 
精神が成熟し、相手の立場や都合を察することができるようになるのです。
 
 
武内氏は、限度を越えた贈り物から立ち上る押しつけがましさや、 はた迷惑さを感じ取ることができない。
 
 
施しを受ける側にも、断る権利があることを認められない。
 
 
いかに腹が立とうが、殺人行為が許されるシチュエーションなどこの世に存在しないという常識が備わっていない。
 
 
 
ここであえて誤解を恐れずに言わせていただくと、
「武内氏は武内氏なりに自己の信念で生きていた」とは言えないでしょうか?
 
 
境界性人格障害は病気なのか、それとも性格(人格)なのか?
 
 
遺伝子として持って生まれものと、幼い時の性格環境等の複数要因がおりかさなって、、、、と精神科医は言うかもしれませんね。
 
 
 
ドラマの最後の場面は、毒入りのバームクーヘンで武内氏が自殺をこころみました。
 
 
 
もしできることなら、自殺は未遂で終わっていて欲しい。
命は断ち切れずにいてほしい。
 
そして、別の角度あら武内氏が精神治療を経て、 立ち直るさまを描いた続編が見てみたいと感じるのです。
 
 
 
 
植松と正面から向き合える日がくるかどうかはわかりません。
 
 
自らかけてしまった洗脳を解く勇気があるかどうかにかかっている。
 
犯した罪と向き合う勇気。
彼は境界性人格障害ではありませ。
植松を昔から知っている人は、いったいなぜ?という思いでしょう。
 
 
刺青、障害施設への就職、大麻 この三つが植松の人生を狂わせたのか。
 
 
それとも彼のDNAに埋め込まれた弱さが刺青と大麻にのめり込ませたのか。
 
父親の背を見て育った教師ㇸ執着が道を踏み外させたのか。
 
植松は精神鑑定に掛けられるでしょう。
そこで精神構造が見極められるかどうかは疑問です。
まず、洗脳を解く専門家の力を借りて、そこにメスを入れるしかないでしょう。
 
 
 
 
植松の精神の幼さや、脆弱さを解き明かすところから解明するしかないように感じられるのです。
 
 
 
 

補足

実際、境界性人格障害の方は苦しい症状に悩まされているとのことです。
 
 
ちょっとした事で急に癇癪を引き起こしてしまう。
 
わかっていても自分ではどうにもならない。
そんな事を繰り返すうちに回りの人は離れて行ってしまう。
 
ご本人は、ある時から自分の中に違和感を覚え精神科を受診し、 境界性人格障害と診断されるのでしょう。
 
 
 
抗不安剤とカウンセリングの治療が始まります。
 
境界性人格障害が人口の2%ほどの割合で存在していると言います。
 
 
彼らは、はっきり言って狂気でもなんでもない。むしろ自ら感じる生きづらさから精神科を訪れ、そこで勇気をもって自分に闘いを挑んでいるのです。
 
 
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